東京高等裁判所 平成5年(ネ)864号 判決 1993年12月27日
控訴人 治田秀夫
右訴訟代理人弁護士 浅見精二
被控訴人 株式会社福和土地
右代表者代表取締役 深谷賢一
右訴訟代理人弁護士 山崎哲
平野耕司
渡邊清朗
海老原覚
主文
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 前項の部分につき、被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一申立て
控訴人代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
第二事案の概要及び争点
一 次のように付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由の二及び三(原判決二枚目裏二行目から六枚目表七行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決二枚目裏九行目の「貸しビル」を「貸ビルの」と、同三枚目表三行目及び同六枚目表二行目の「夫」を「子である小田弘夫」と、同三枚目表四行目の「八号」を「八三」と、同四枚目表二行目の「三〇日」を「三一日」と、同五枚目表一〇行目の「容易」を「用意」と改める。
第三当裁判所の判断
一 原判決は、事実及び理由の一(原判決一枚目裏一一行目から同二枚目裏一行目まで)において、主位的請求として①本件建物の無条件明渡し、②本件駐車場部分の明渡し及び右部分についての賃料相当損害金の支払、③本件ポールの撤去を掲げ、予備的請求として④立退料の支払と引換えの本件建物の明渡し(原判決には右立退料の支払との引換給付の請求である旨の記載が脱落しているが、原判決五枚目表九行目、一〇行目の記載と対照すれば、予備的請求の第一項は右の趣旨であることが明白である。)及び主位的請求の②、③と同旨の内容(以下、これを⑤、⑥という。)を掲げる。しかし、右①の本件建物の無条件の明渡請求と右④の立退料の支払と引換えの明渡請求とは一個の請求であって、主位的請求と予備的請求の関係に立つものではないから、④の請求を認容すべきものとするときは、本件建物の明渡請求中その余の部分を棄却すべきものであって、原判決主文第一項の「原告の主位的請求を棄却する。」との表現は適切でない。また、右②、③の請求と⑤、⑥の請求も同一の請求であるから、この点でも右主文第一項の表現は適切を欠くというべきであるが、被控訴人は右主位的請求棄却の部分に対して不服の申立てをしないから、当裁判所はこの部分について判断をしない。
二 証拠(≪省略≫、原審における被控訴人代表者及び控訴人の各本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、≪証拠省略≫及び右被控訴人代表者本人の供述中この認定に反する部分は採用できず、他にこの認定に反する証拠はない。
1 昭和五九年一月に控訴人が小田から本件建物を賃借したのは翌昭和六〇年秋ころ完成予定の治田ビルの建築期間中の仮事務所として使用するためであって、敷金四〇万円、賃料月額二〇万円の約定であり、賃借に当たって控訴人は小田の承諾を得た上本件建物を居宅用から事務所用に改造した。本件建物は南側の前面道路から見て本件土地のうち奥の部分に位置し、右賃貸借契約開始当時、本件土地のうち道路に面した南側の部分には約一〇坪の木造二階建ての建物があったが、小田は右契約締結に際しての控訴人との約定に従って昭和五九年五月に同建物を取り壊した。そして、同月二一日小田と控訴人との間で、右建物取壊し後の空地部分を控訴人が賃料月額三万円で駐車場として利用することが合意され、そのため同日付けでその趣旨を明記した賃貸借契約書を新たに作成した。その際、控訴人は小田の承諾を得て右空地部分の道路際に本件ポールを設置した。
2 昭和五九年秋ころ、小田から右空地部分に建物を新築したいとの申入れがあったが、控訴人はこれに同意せず、双方折衝の後、小田は右新築を取り止めて右空地部分のうち北側の約半分の地上に本件建物を増築し、この増築部分も控訴人に賃貸することが合意され、昭和六〇年四月ころ本件建物に軽量鉄骨造り一階建て約二一平方メートルの部分の増築が行われた。右増築の着工に先立ち、新規に本件建物の賃貸借契約を締結することが小田と控訴人との間で話し合われ、同年三月六日、右増築後の本件建物につき賃料月額二七万円、保証金七三万円、期間昭和六〇年四月二一日から昭和六三年四月二〇日までとする賃貸借契約が新規に締結され、ほかに控訴人から小田に礼金として賃料一か月分の二七万円が支払われた。右契約の締結に際して、小田から、工事費用をかけて増築したものを賃貸するのであるから、控訴人が中途解約する場合には保証金の返還につき控訴人が不利益を受けることを特約してほしいとの要望が出され、控訴人がこれに同意して、控訴人において二年以内に解約する場合には保証金は返還せず、それ以後の解約の場合には一か月の経過につき五万円の割合による額を返還する旨及び契約更新の際は新家賃の一か月分を貸主に支払って更新できるものとする旨が特約された。また、右空地部分のうち南半分に当たる本件駐車場部分は、従前のとおり控訴人が駐車場として使用することになり、従前月額三万円であった駐車場部分の賃料をどうするかについても協議されたが、本件駐車場部分は本件建物の出入口に当たり、その面積も従前の約半分に減少することを考慮してほしいという控訴人の意向が容れられ、本件駐車場部分の賃料も含むものとして右の月額二七万円の賃料額が決定された。
その後、控訴人は従前同様にその専用駐車場として本件駐車場部分を使用してきたが、その使用につき小田からも小田弘夫からも異議が出たりしたことは全くなかった。
3 昭和六〇年一一月に治田ビルが完成し、控訴人の経営に係る治田会計事務所の中心的業務は同ビルの地下一階及び一階の約五〇坪の事務所に移転したが、控訴人は本件建物を治田会計事務所の分室として引続き使用しており、従前の備品及びOA機器の大部分は本件建物に残置し、当面書類倉庫、顧客らとの会議室などとして使用していた。
4 昭和六三年四月に期間を二年間として賃貸借契約が更新されたが、小田との間では本件駐車場部分の使用につき、格別問題となったことはなかった。なお、控訴人は本件建物の隣りにある控訴人の関与先の会社に対し、控訴人の顧客や家族が本件駐車場部分を使用していないときには一時的に駐車させてもよい旨の了解を与え、右会社が一時的に駐車させていたことはあるが、本件駐車場部分の他に転貸したことはない。
5 昭和六三年九月から平成元年一二月までは、治田会計事務所所属の大川税理士とその補助者である職員三名が本件建物で常時執務していたが、同月に同税理士が健康を害したため、平成二年一月以後平成三年一月ころまで同税理士は断続的に週二日ほど本件建物で執務していた。同年一〇月ころから、控訴人の業務拡大に伴い、治田会計事務所の従業員五名が本件建物で執務するようになり、現在は七名が執務している。
6 控訴人は、治田会計事務所の業務拡大のため本件建物及び本件土地を買い受け長期的に安定して使用したいと考え、平成元年七月ころから、不動産業者を介して小田及び小田弘夫と右売買の交渉をし、同年九月ころから小田側はハザマ地所株式会社を代理人として右売買の交渉をしていた。
7 被控訴人は、平成元年夏ころ株式会社間組の開発事業部から本件土地及び本件建物のあることを紹介されて買い受けたものであるが、同年四月ころ本件隣接地建物を買い受けたのも同社からの紹介であった。
三 前記二のとおり、本件賃貸借契約は本件駐車場部分も含むものであるから、控訴人の本件駐車場部分の使用は右契約に基づくものであって不法占拠ではなく、本件ポールも賃貸人の承諾を得て設置したものであり、控訴人には被控訴人主張のような用法違反も、無断転貸も認められないから、被控訴人の本件賃貸借契約の解除の主張は理由がない。
四 そこで、本件解約の申入れについての正当事由の存否について判断する。
1 被控訴人は、自社屋を建築する目的で本件土地及び本件建物を買い受けた旨主張するが、これに沿う証拠としては、≪証拠省略≫の本件土地及び本件隣接地を敷地とする五階建建物の設計計画図のほか、≪証拠省略≫の被控訴人代表者本人の陳述書及び原審における被控訴人代表者本人尋問の結果があるのみである。
2 そして、右被控訴人代表者本人尋問の結果によれば、右≪証拠省略≫は本件建物買受け直後である平成二年二月二〇日に作成したものであるが、不況のためその計画に係る五階建建物の建築は取り止めることとし、三階建建物とする積もりであるというのである。しかし、右三階建建物なるものについては、原審以来最大の争点であるにもかかわらず、被控訴人代表者がただ漠然とそのように述べるのみで、被控訴人はそれ以上具体的な計画内容も資金計画も何ら主張、立証せず、その具体的内容は全く不明であるのみならず、そのような建物の建築を必要とする理由の具体的内容も明らかでない。しかも、右≪証拠省略≫作成の時期の約一年後の平成三年一月に被控訴人が発した本件解約の申入れの内容証明郵便(≪証拠省略≫)では、本件建物を自社の事務所として使用する必要があるということが理由とされており、本件建物を取り壊して新建物を建築するというようなことは全く述べられていない。
また、証拠(≪省略≫、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果)によれば、被控訴人は、本件建物を買い受けるについて、当初から賃借人として控訴人がいることを承知していながら、控訴人からその明渡しを得る見込みがあるかどうかを控訴人に全く確認せずに買い受けたものであり、本件売買のための小田との交渉及び本件買受け後の控訴人との本件建物の明渡しの交渉も、株式会社間組及びその関連会社のハザマ環境開発株式会社に一切任せ切りにしていたことが認められ、そのような被控訴人の態度はその地上に真に自社屋を建築する必要があるという会社の態度としては誠に異常というべきである。
3 加えて、証拠(≪省略≫、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果)によれば、被控訴人は本件隣接地を平成元年四月ころやはり間組の紹介で買い受けているが、同土地は公簿上六七・九九平方メートルの極めて狭隘な土地であって、同土地のみでは被控訴人の自社屋を建築するということは到底不可能であると考えられるところ、被控訴人が本件土地及び本件建物を右間組から紹介されたのは同年夏のことであり、本件隣接地等の買受け当時小田から本件土地、建物を取得し、本件建物の明渡しが得られるという見込みがあったわけではないこと、前記間組ないしその関連会社は本件土地及び本件隣接地の前記売買が行われたころ、隣接する宮崎昭次所有の土地についても所有者に売買の申入れをしたが拒否されたことが認められる。これらの事実は、前記2に指摘した点と相まって、被控訴人が本件土地及び本件隣接地を買い受けたのが実際に自社の社屋を建築するためでなく、右間組ないしその関連会社において本件土地及び本件隣接地と右隣接の宮崎所有の土地を合わせて一団の土地として開発事業を行う計画の下にこれらの土地の買受けを推進し、被控訴人はその計画の一環として本件土地及び本件隣接の買受けを行ったのではないかということを疑わせるものである。
4 以上のところからすると、前記≪証拠省略≫及び被控訴人代表者本人尋問の結果中、被控訴人が本件土地に自社屋を建築する計画であるとの部分は、にわかに採用できないというべきであり、他にその点を認めるに足りる証拠はない。
5 以上のとおり、被控訴人は、本件建物を控訴人が賃借していることを十分に知りながら、控訴人から明渡しが得られる見込みがあるかどうかを控訴人に全く確認もせずに買い受けたものである上、その主張する自社の社屋なるものを建築する具体的必要性があることも、実際にその建築をする具体的計画があることも認められないのであるから、被控訴人には本件建物を自ら使用する必要があるとは認められないというべきである。そして、控訴人には本件建物使用の必要性があることは前記のとおりであるから、本件解約の申入れには正当事由がないといわなければならない。
右のように被控訴人に自己使用の必要性が認められない以上、本件解約の申入れは、被控訴人の四五〇〇万円の立退料の支払の申出によっても正当事由を補完することができないものというべきである。
五 被控訴人は、本件訴訟を提起し維持することによって本件賃貸借契約の解約の申入れを継続していたものというべきであるが、本件口頭弁論終結までの間においても前記の事情に格別の変化は認められないから、右同様被控訴人には解約の申入れについての正当事由があるとは認められないというべきである。
六 以上の次第で、被控訴人の本件建物についての立退料の支払と引換えの明渡請求、本件駐車場部分の明渡請求及び本件ポールの撤去請求はいずれも理由がないから棄却すべきものであって、原判決中これを認容した控訴人敗訴部分は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消して右の部分の被控訴人の請求を棄却する
(裁判長裁判官 菊池信男 裁判官 吉崎直彌 伊藤剛)